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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)130号 判決 1991年1月22日

原告

株式会社豊島屋

右代表者代表取締役

久保田雅彦

右訴訟代理人弁護士

井上清子

亀川義示

被告

真殿博明

右訴訟代理人弁護士

江口俊夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年審判第八二六七号事件について平成二年三月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙に表示した構成より成り、指定商品を第三〇類「菓子、パン」とする登録第一九三一四三七号商標(登録第一六七三六五七号商標の連合商標として、昭和六〇年三月二九日商標登録出願、昭和六二年二月二五日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であるが、被告は、昭和六二年五月七日、原告を被請求人として、商標登録無効の審判を請求し、昭和六二年審判第八二六七号事件として審理された結果、平成二年三月八日「登録第一九三一四三七号商標の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年五月一六日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品、設定登録日は、前項記載のとおりである。

2  請求人(被告)の引用する登録第一一八〇五〇八号商標(以下「引用商標」という。)は、「竹久夢二」の文字を縦書きしてなり、第三〇類「菓子、パン」を指定商品として、昭和四七年一二月一一日に登録出願、昭和五一年一月二六日に登録され、現に有効に存続しているものである。

3  請求人は、結論同旨の審決を求め、その理由をつぎのように述べ、証拠方法として<証拠>を提出している。

本件商標を構成する「夢二」の文字は、明治から昭和の初期にかけて活躍した著名な画家「竹久夢二」の略称である。すなわち、「竹久夢二」は明治一七年岡山県邑久郡邑久町に生まれたが、明治四三年画集「春の巻」を洛陽堂より出版、その流動的な線、鮮かな色彩、庶民的哀愁および抒情的表現が好評を博し、「竹久夢二」または「夢二」の名は一躍、著名となるに至った。そして、「竹久夢二」の絵は単なる挿絵だけでなく、美術としても高く評価され、一般庶民はもとより、美術評論家からも絶賛を浴びるに至り、大正、昭和期の代表的画家の一人に数えられている。

「竹久夢二」は昭和九年才能を惜しまれながら信州で病没したが、その後四〇年を経た昭和五〇年頃、夢二ブームが起こり、このブームは現在でも続いている。これは、合理主義に疲れた現代人の過去への郷愁やあこがれだけでなく、優れた絵画として再評価されたためである。

「竹久夢二」または「夢二」の名が多くの日本人に親しまれ知れ渡っていることは、「夢二画譜」以下五〇冊の本または雑誌が出版されている事実によっても説明することができる(<証拠>)。そして、これらの多数の書籍の中でも、注目すべきことは「竹久夢二」のことを「夢二」と略称した題名が多数あることである。

また、「竹久夢二」が近代日本美術史を飾るにふさわしい一流の画家であることは、集英社発行「二〇世紀日本の美術第一二巻」にトップクラスの画家である青木繁と共に掲載されている事実によっても証明することができる(<証拠>)。この書の解説の欄(<証拠>)においても一ページ内に「夢二」の略称が一二か所も掲載されているが、この一事だけでもいかに多くの人が「竹久夢二」を単に「夢二」と略称していたかが理解される。

「竹久夢二」が何故「夢二」と略称されていたかについては、三つの理由が考えられる。

(イ) 「タケヒサユメジ」と発音したのでは長すぎるため、簡単な「夢二」と呼称した。

(ロ) 夢二の絵画には必ず、「竹久夢二」とサインせず、「夢二」とサインした。

(ハ) 「竹久夢二」は専門家だけでなく、一般人からも「夢二」と略称されていた事実があり、しかも「夢二」の略称が一般的に周知著名であった。

「竹久夢二」が「夢二」と略称されていることは、<証拠>によっても立証することができる。

このように「夢二」といえば、「竹久夢二」を容易に想起するほどになっているから、本件商標と引用商標とは観念上、互いに類似するということができる。

そして、引用商標が本件商標より先願に係るものであることは明らかであるから、本件商標は商標法第四条第一項第一一号の規定に違反してなされたものであり、したがって、本件商標の登録は商標法第四六条第一項の規定により無効とされるべきである。

4  被請求人(原告)は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めると答弁し、その理由をつぎのように述べ、証拠方法として<証拠>を提出している。

本件商標と引用商標とを比較すると、両者は、前記の構成よりなり、先ず外観において相違する。次に、称呼、観念の点からみると、本件商標からは「ユメジ」の称呼、「夢二印」の観念を生ずるのが自然である。これに対して、引用商標からは「タケヒサユメジ」の称呼、「竹久夢二印」の観念を生ずるのが自然である。したがって、本件商標は、称呼、観念の上からも引用商標と何等類似するところがないことは明らかである。

請求人は、本件商標を構成する「夢二」の文字は明治から昭和の初期にかけて活躍した著名な画家「竹久夢二」の略称であり、「夢二」といえば「竹久夢二」を容易に想起するほどになっているから、本件商標と引用商標とは観念上、類似するとしている。しかしながら、これも以下に述べるように全く理由がない。

商標が類似する態様として外観、称呼及び観念の上から考えるものであるが、このうち外観や称呼については、いずれもこれが同一または類似の場合に、商標の類似関係を生じるものであるけれど、観念については、一般に観念同一の場合に商標の類似関係が認められるものである(<証拠>)。

ところで、他人の氏名等に関して商標法第四条第一項第八号の規定が存するが、この規定は、(生存中の他人の承諾を得ているものを除き)他人の著名な雅号、芸名若しくは筆名は登録しないこととしている。これは著名な雅号等とその著名な略称が類似しているか否かに一切関係なくそれらの著名な略称であれば一律に登録しないとするものであって、類似の観念によって律せられるものではない。

そこで本件についてみると、「竹久夢二」そのものは既に故人となった竹久茂次郎の雅号であるが、この「竹久夢二」が「夢二」と略称され、したがって「夢二」は「竹久夢二」の略称であるとする考え方は、商標法第四条第一項第八号の規定に準ずる人物そのもの自身を問題とする考え方であって、商標としての類似関係の考え方とは全く関係がない。

商標としての「竹久夢二」、すなわち引用商標から生ずる観念で同一といえるのは「竹久夢二」であり、「夢二」ではない。そして、前記の如く商標の類似関係については、観念同一の場合のみ商標の類似関係を生ずるから、本件商標「夢二」は、引用商標「竹久夢二」と類似する商標ではない。請求人が挙げる<証拠>には、「夢二」と表示したものが見られるが、これは上記したとおり画家の「竹久夢二」氏のことを「夢二」と略称しているにすぎず、商標としての「竹久夢二」の観念とは何の関係もないものである。

本件において問題とされるのは、画家としての「竹久夢二」や「夢二」ではなく、第三〇類・菓子、パンに使用する商標「竹久夢二」と「夢二」である。本件商標「夢二」を見るとき、その需要者、取引者はこれを「夢二印」と素直に受取るものであって、これより「竹久夢二印」を容易に連想することはない。逆に引用商標「竹久夢二」を見るときは「竹久夢二印」を直感するのであって、「夢二印」を連想することはない。このように本件商標からは「夢二印」を観念しかつそれに尽るのであり、また、引用商標からは「竹久夢二印」を観念しかつそれに尽るのであって、両者は判然と区別されるから、両商標が類似するとはいえない。前記の如き判断は、従来から広く特許庁においても採られてきたものと客観的に考えられ、そうしたものの例示として<証拠>を挙げることができる。

さらに、本件を第三〇類菓子・パンの取引の実状からみると、元来、この商品分野においては、大手菓子メーカーが大量生産して全国一斉に津々浦々まで販売される量産品と店舗内で作ったものを原則としてそこで販売するものがあり、また、主として土産品とか地方の銘菓とかいわれる地域性のある菓子がある。

一方、商標においても、歴史上の著名な人物名を表わして商標としたものがある。そして、この種の商標は、土産品などの地域性のある菓子等の商標として殆んど使われており、大メーカーが販売する量産品に使われているものを発見できない。この種商標には、著名な人物の氏名、名やそれらを含む様々な形のものがみられるが、このような歴史上の人物になぞらえた様々な商標は、土産品などの菓子等に付されて併存し、しかもこの種の同一人物に係る種々の商標を付したものが、明瞭に区別されている。このように、歴史上の著名な人物になぞらえた各種の商標を付した菓子等が沢山あっても、それらの菓子等が、その人物という広い概念に集合、統一化されるのでなく、その人物に係るものであってもそれぞれに個性を有する菓子等として各々別々に認識、識別され、相互間で何等混同を起していないのが現実である。

本件商標「夢二」はあくまでも「夢二印」で、引用商標「竹久夢二」はあくまでも「竹久夢二印」であって、「夢二印」の菓子等と「竹久夢二印」の菓子等とは需要者、取引者によって明瞭に区別され、両商標が併存しても何等混同を起すことがないことは上記取引の実状からしても裏付けられる。

前記した如く、本件商標は、引用商標といずれの点からしても何等類似するものでなく、商標法第四条第一項第一一号の規定に反して登録されたものではないから、本件商標の登録は無効とされるべきものではない。

5  よって按ずるに、「竹久夢二」の文字は、明治一七年に岡山県邑久町に生れ、明治から昭和初期における画家で独特な画風を有するものとして世人に熟知されている本名「竹久茂次郎」の著名な雅号を表示するものであり、また、「夢二」とも略称されて著名であることから、単に「夢二」という場合にも世人は著名な「竹久夢二」を直感するものといえる。

そこで、本件商標についてみると、本件商標は、前記の「夢二」の文字を別紙に表示した態様で書したものであり、また、該態様の文字が<証拠>にみられる如く「竹久夢二」を指称するものとして世人に認識されているものの表示と共通するものでもあることから、看者に前記の「竹久夢二」を指称した表示よりなるものと直ちに看取されるものといえる。したがって、本件商標は、「竹久夢二」の観念をも有するものである。

他方、引用商標は、「竹久夢二」の文字を書したものであるから、前記の「竹久夢二」の観念を有するものであること明らかである。

してみると、本件商標と引用商標は、「竹久夢二」の観念を共通にする類似の商標といわなければならない。また、両者は、指定商品も同じくするものであり、更に、本件商標は引用商標より後願のものであることも前記したところより明らかである。

したがって、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に違反して登録されたものであるから、商標法第四六条第一項の規定によって、その登録を無効とすべきである。

三  審決の取消事由

引用商標の構成、その指定商品、出願年月日、登録年月日、及びそれが現に有効に存在していることがそれぞれ審決認定のとおりであることは認める。

しかしながら、審決は、本件商標と引用商標は「竹久夢二」の観念を共通にする類似の商標であるとした点において判断を誤ったものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

すなわち、「竹久夢二」は、本名「竹久茂次郎」氏の著名な雅号であり、右「竹久夢二」氏は「夢二」と略称されて著名であることは争わないが、これは雅号についてのことであって、商品に使用される商標として見るとき「竹久夢二」と「夢二」とはその観念を全く異にする。商標は表示であるから、観念の異同をみる場合も、それが表示としてという大前提に立ってみることを要するものである。すなわち、ある対象の「表し方」、「表れ方」が重要であって、抽象的概念をもっては正確を期し得ない。本件商標においては、「竹久夢二」氏という人物を抽象的にとらえ、これを「夢二」という漢字を商標見本に記載した表示として具体的に特定された観念を構成したものであって、引用商標の「竹久夢二」もまた一個の特定された観念を構成しているものである。換言すれば、本件で問題とされているのは、画家としての「竹久夢二」や「夢二」ではなく、指定商標第三〇類の菓子、パンに使用される商標「竹久夢二」であり、「夢二」である。本件商標「夢二」をみるとき、その需要者・取引者はこれを「夢二印」と素直に受取るものであって、「竹久夢二印」とは区別してみるし、逆に引用商標をみるときは「竹久夢二印」を直感するのであって、「夢二印」と区別してみるのである。

以上の如く、本件商標は「竹久夢二」の観念を有さず、引用商標と「竹久夢二」の観念を共通にする類似商標ではない。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

竹久夢二はその流動的な線、鮮烈な色彩、庶民的哀愁及び叙情的表現を特徴とした大正、昭和期を代表する画家として民衆に広く知られていたものであり、その名はまた単に「夢二」と略称されて親しまれていたことは<証拠>から明らかである。

したがって、「夢二」といえば、需要者は「竹久夢二」を容易に想起するほどになっているから、本件商標と引用商標は、観念を共通にする類似の商標であるといわざるを得ない。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び同二(審決の理由の要点)の事実並びに引用商標の構成及び指定商品が審決の理由の要点2記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

「竹久夢二」は、画家として世間に熟知されている本名「竹久茂次郎」氏の著名な雅号であり、また「夢二」と略称されて著名であることは原告も認めて争わないところである。

そうすると、単に「夢二」といった場合、世人は著名な画家「竹久夢二」を直感するものといえる。本件商標は「夢二」と縦書きしてなるものであり、これを看た取引者・需要者は、前記のことからして、これが「竹久夢二」を指称した表示よりなるものと容易に解し得るものと認められる。したがって、本件商標は、「竹久夢二」の観念をも有するものである。

他方、引用商標は、「竹久夢二」と書き表わしたものであるから、著名な画家である「竹久夢二」の観念を有するものであることは明らかである。

したがって、本件商標と引用商標は、ともに「竹久夢二」の観念を共通にするものであって、類似の商標であるといわざるを得ない。

原告は、本件商標は「竹久夢二」という人物を抽象的にとらえ、これを「夢二」という漢字を商標見本に記載した表示として具体的に特定された観念を構成したものであり、引用商標の「竹久夢二」もまた一個の特定された観念を構成しているものであるから、需要者は、本件商標と引用商標をそれぞれ別異の商標として区別して受取っている旨主張する。

しかしながら、「夢二」と書き表わされた本件商標からは「竹久夢二」の観念をも有することは前記判示したとおりであって、原告の前記主張は採用し得ない。

以上のとおりであって、本件商標と引用商標は、指定商品を同じくするものであり、かつ、両者は観念において共通する類似の商標であるから、引用商標より後願である本件商標の登録は無効とすべきであるとした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤井俊彦 裁判官竹田稔 裁判官岩田嘉彦)

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